広島県生まれのかっちゃんが、遠くは東北の地である福島県で広島お好み焼かっちゃんを続けてこられたのは、かっちゃんが生まれてから出会った沢山の人たち、まわりにいてくれる皆さんのおかげなんだな~~と、最近しみじみ感じています。その時は気が付かなくても今振り返ると今こうしてお好み焼き屋になるために素敵な出会いをたくさんさせてもらっていたんだなーって思います。
そんなかっちゃんの大切な出会いをご紹介します。
そんなかっちゃんの大切な出会いをご紹介します。
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僕は高校の時陸上競技400メートルハードルをしていましたが、中国地区でランキング6位でありながら、中国大会準決勝で敗退し、インターハイに行けませんでした。
その時は、緊張してた事しか覚えてなく・・・ その事が、お好み焼屋をはじめてやっと分かりました。 毎日吐くまで練習をしていたのに何でだろう? 中国大会が終わりしばらく陸上競技から遠ざかっていました。 社会人になっても、その時の悔しさが忘れられず陸上を続け目標としていた全国大会には出場出来ましたが、何だかはっきりとした答えが見つかりませんでした。 お好み焼屋を始め、毎日毎日お好み焼を焼き、「継続する」「こつこつ積み重ねる」商売として当たり前の事をしとったのですが、陸上競技と同じやなーって思いました。 その時、「はっ!」と気付きました。 お好み焼屋は毎日毎日真剣勝負で練習はないのです。毎日、その時・その瞬間が決勝レースなのです。 お店を開けていれば必ずお客さんが来てくれる保証は有りません。毎日、今日はお客さん来てくれるかなーって不安に思いながら鉄板の前に立っています。 だから今もその事が教訓となり、「毎日が全力」です。 かっちゃんには好きな言葉があります。 一つ目の『継続は力なり』は陸上競技から教わったこと。 二つ目の『今 その時その瞬間を大切に』 これが、かっちゃんがお好み焼から教わった言葉です。 今まで出会った色々な人の支えがあってここまで何とか頑張ってこれています。 かっちゃん 井上 和弘
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1973年
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広島県福山市生まれ | ||
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幼稚園の頃の夢はバスの運転手じゃった。
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学生時代
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小中高を広島で過ごす。 | ||
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小学校の頃はソフトボールに夢中。
このころは、近所のお店で広島・尾道お好み焼きや広島・尾道ラーメンを よぉ食べとったなぁ~) |
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| 多田先生との出会い (高校陸上部顧問) | |||
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この出会いがかっちゃんの人生を変える。
陸上競技を通じて「継続は力なり」という言葉を教わる。 高校生の時は、毎日吐くまで走って練習しとったなぁ。。。 今思えばあの時あの練習をしとったから、今これだけの体力と精神力がそなわったんかなぁ・・・と思う。 高校の時は先生のおかげで400mハードルで県大会2位、中国大会出場、卒業後も27歳まで陸上を続け、全日本実業団陸上大会に2度出場した。 |
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23才
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山形蔵王 | ||
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スキーが好きで、本当は1年だけ好きなことをやる思うて行った山形蔵王。
ここでまた色々な人との出会い。 樹氷の素晴らしさに魅かれて3シーズン行くことに・・・ この時、同じスキースクールの福島県出身の奥さんと出会う。 |
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26才
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福島居住 | ||
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福島に来て思った事は、『お好み焼屋がない!』
福島の人に本物の広島のお好み焼を食べてもらいたい思うて、かみさんと2人でお好み焼屋をやることを決意。 しかし、家族や親戚中からもう反対!! あの時言われた言葉は今でも忘れません。でも、今だから、あの時反対してくれたけぇ負けられんいう気持ちになれて、これまで頑張ってこれたんじゃなぁーーーって思う。 広島のみっちゃんへお好み焼修行に行く。 |
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| 移動販売 | |||
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やっとの思いで始めたお好み焼屋さん
当時お好み焼の移動販売車をつくったものの、広島のお好み焼を分かってもらえず怪しまれて販売をやらせてもらえる場所がなかった・・・ 何処へ行っても門前払い。 でも、そんな中で福島市のスーパー『いちい』さんだけは場所を提供してくれた。本当にうれしかった!!! 買ってもらうこと以前に振り向いてもらうのが大変じゃったなぁ。。。 買ってもらう事の有難さ良く分かった。 移動販売をしてる時、ラジオのリスナーさんを通じて、恩師ラジオ福島の鏡田アナウンサーと運命の出会い。 |
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| 店舗オープン | |||
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移動販売を通じて固定のお客様が出来、もっと美味しい出来たてのお好み焼をその場で食べて欲しい!!という思いでお店構えることを決意!
しかし、金融機関からほとんどお金を貸してもらえず(まあ当たり前ですが・・・) ほとんど前の内外装のまま、手持ちの少ない資金で何とかオープン。 しかし、冬はさむーーーい!夏はあつーーーい!店内でした(笑) |
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| 店舗一部改装 | |||
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| 広島をイメージして入口や店内を直す | |||
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2006年
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店舗オープン4年目にラーメンも始める。 | ||
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大好きだった広島の実家近所のラーメン屋さん「来々軒」にかみさんが修行に行き、1からラーメン作りを教わる。
福島<—>広島の往復を繰り返し、広島・尾道ラーメンが完成。 |
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2008年
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店内をリニューアル | ||
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よりゆったりとお食事をして頂きたくて席数を増やすための店内改装を行う
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2010年
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店舗外観のリニューアル | ||
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お店を始めて2年目くらいの時に『また行きたい飲食店』という本と出会った。
読んでみるとかっちゃんがこんなお店を創りたいっという想いや、普段お客さんに対して考えている事に共感♪いつか自分もこの本に載れるようなお店をパシオの土屋さんに創ってもらいたいっっ!!って想いながら何年も何回も繰り返し読み直した。 2009年にまだ何も決まっていなかったが、将来こんなお店を創りたいという夢を面識のない土屋さんに突然電話をしてお伝えした。そんな僕に土屋さんが移動販売先の白河までわざわざ会いに来てくれた♪ぶち嬉しかった↑ 2010年かっちゃんに郡山出店計画という大チャンスが持ち上がり、すぐに土屋さんに連絡をして立地調査や計画書を練り上げ準備を行ったが残念ながら契約には至らなかった。 2010年は今までお店をやってこれた中でも1番いろいろな事が次々と起こり、自分だけではどうしていいのか分からない位に激動の年でした。しかしこうして土屋さんと出逢えていたおかげで良い方向へと導いて頂けました。 これまでお店をやっていくなかで外へ外へと気持ちが進みすぎ、忘れかけていた自分がやりたかった大切なお店が、土屋さんの本と出会った頃の自分の想いを思い出させてくれたおかげで進む方向が改めて見えた。 土屋さんと出逢えた事、そして2010年福島のお店をプロデュースして頂けた事が、かっちゃんにとって人生最大のラッキーな出来事でした♪ |
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